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ロワール左岸の桟橋から

第1回 序章-パンドラの箱は、開けないほうがいい(その1)

 私は、西フランスのナント(Nantes)市に、1992年4月、フラメンコ・スタジオを開設し、フランス人ギタリストの夫とともに、フラメンコ舞踊とギターの教授活動を行ってきた。ロワール川によって形成されたデルタ地帯に広がるナントの街は、風向きによっては、空気の中に大西洋が香り、カモメも飛来する、海に近いフランスである。

 車で45分も走れば、もう大西洋のブルーを享受できる土地柄で、ヨーロッパ最後の野性的な一級河川、大河ロワールに潤されるナントの街は、第2次大戦前までは、無数の運河が、道路のように縦横無尽に往来し、(西のベニス)と呼ばれていたそうである。こういう話を聞くだけなら、《ELLE DECO》(女性雑誌ELLEの、インテリア専門誌)の表紙にでもなりそうなイメージの、水の都ナントであるが、それは、イメージだけにとどまっている。写真に撮ったら、そのまま絵葉書になりそうな街並みの中で展開していく毎日は、異文化・多民族の挟間で、油の切れた車輪のように軋みあい、過激な力関係の中で、無理矢理、押したり引いたりしなければ、ほんの5mmも進んでくれないような、無意味な重量に満ちていた。1日 = 24時間という、もう少し、まともであってもいい筈の1単元が、信じ難い能率の悪さと、やりきれないほどの馬鹿馬鹿しさで覆い尽され、それが、来る日も来る日も繰り返されるのである。結局、第三者にとっては、シックで美しく、まるで夢のようにさえ見える土地柄というものは、往々にして、開けないほうがいい《パンドラの箱》なのかも知れない、という教訓を、私は、自分自身の拙い経験の中で、山のように積み重ねていくこととなった。それは、薄い牛乳で淹れたカフェ・オ・レのように、何とも味気ない認識であったが、何回も繰り返していくうちに、その味気なさにも慣れていってしまう、そういう所に、よかれ悪しかれ、周囲の環境に適応してしまう人間の、怖い一面というものを見た気もした。が、それこそが、大人になるということなのかも知れないと、感心している自分に出会ったりする一方で、「いつまでも大人にならない人間だ!」と、つくづくあきれたりもした。


写真左上 ロワール川を見下ろす丘から、ナントの街を臨んだ遠景。
写真右上 中心部の街並。
写真左下 ナントから車で45分くらい西に向かうと、大西洋のムーティエというビーチに到着する。遠浅なので、引き潮の時は、こんな風景になる。
写真右下 ムーティエの隣の、ベルヌリーというビーチ。特別天気のよかった、ある9月の夕暮れ。


 そもそもフランスという国は、日本で日本人が考えているような《おフランス》に値するものでは全然なく、全くお洒落でもなく、誰も、日本のようにきれいなものを着てもいないし、持ってもいない。一番わかりやすい例を挙げれば、街でルイ・ヴィトンを持っている人を見かけることなど全然なく、普通の人は、おそらくそういう名前を聞いたこともないし、あの有名なLとVのロゴだって、見たこともないに違いない。実際、私の夫もそんなものは知らなかった。東京で溢れるように見かけるヴィトンのバッグを示して、(フランスでは、実物にお目にかからないのだから、説明も出来ない。)「あれ、知らない?」と訊いても、「知らない!」と言っただけでそれっきりだった。シャネルや、ディオールは、一応、有名だが、誰もそういうブランド品を持ってはいない。それが、極、普通の一般的フランス市民である。オート・クチュールを形成している数々のブランド(そのほとんどが、日本なら、どこの都市に行っても、あたりまえのようにウィンドウを飾っているが・・・)は、一市民の生活とは、全くかけ離れたところに存在しているらしい。

 そして、この国の国民性はと言えば、驚く程いい加減で、何かにつけてアグレッシヴだし、国中のシステムが、かなり低開発で、すべての分野が、信じがたい非能率と、嘘かと思うほどの、頭と手先の不器用さで塗りつぶされている。特に、国民の基本的な、音楽教育のレベルは、今でも信じられないくらいに低く、4拍子と3拍子の違いもわからない、リズムというものの存在さえ知らない、というのが、一般人のあたりまえのレベルなのである。何しろ、子守唄も、各地方の民謡も、民族舞踊も、全く存在しないのが、フランスの文化である。したがって、この国に固有の楽器というものもない。(註1)そして、音楽に限らず、美術、スポーツも、学校以外の特別なレッスンに通わない限り、ほとんど何にも経験せずに大人になってしまう、というのがフランスの現状だから、義務教育の中で、とりあえず、一通り経験できるものが、極端に限られているようだ。これが本当に国連の常任理事国で、EUを代表する先進国なのだろうか?と、事ある毎に自問自答したくなる、そういう国である。実際、巨大な(ヨーロッパ連合 = EU)という概念の実現に奔走するよりも先ず、国民の、音楽を初めとする情操教育から検討し、その改善に取り組んだほうが、どんなに有意義かと、私は思っている。たとえば、昨年から、日本で《La Folle Journee Japonais(ラ・フォル・ジュルネ・ジャポネ)》というのが企画されて、5月頃に、国際フォーラムなどに招聘されている。これは、ナント市を開催地として始まったクラシック音楽フェスティヴァルが、フランス中に拡がり、しまいに東京まで来たので、日本の人は、ナントというのは、どんなに音楽的素養の豊かな土地かと思ってしまうのであるが、そんなことは全くない。現実は、コンセルヴァトワールという、音楽学校に専門的に通っている人達の中でも、特に優秀な人達が、優れた音楽家になっているだけなのである。普通の人は、簡単な楽譜も読めないし、楽器に触ったこともなかったりする。

 そして、日常茶飯事から複雑な問題に至るまで、長い時間をかけた不毛な議論を積み重ねなければ、ちょっとだけ実現に近づけることさえ出来ず、しかも、結果的に実現しない場合がほとんどである。だから、趣味のサークル活動だって、ちっともまとまらないし、妙に目立ちたい人というのが必ずいる。それも、たいていの場合は、特別にレベルの低い人が、自分は上手だと思い込み、たとえば、踊りのレッスンだったら、そういう人が、一番前の列の真ん中に陣取り、鏡を占領したりするから手がつけられない。教えている人間の方が、代わりに恥ずかしくなってしまうのだが、本人は、鏡の中の自分の容姿に酔っている。日本人の場合だと、かなり出来ても、なるべく目立たないような場所に並びたいと思うのが人情だし、真ん中に出て行かなくても、出来る人は目に付くし、後ろの方にいても、ちゃんと勉強は出来るのである。しかし、フランス人の精紳構造は全く違うらしい。私は、こういう状況に直面する度に、「日本人とフランス人というのは、本当に違う動物だ!」と思わざるを得なかった。日本人のメンタリティーは、やはり、どことなく控えめで、奥ゆかしく出来ているのだろう。それは、かけがえのない美徳である。そういう精神の美意識を、(島国根性)などと言って、自ら、蔑んではいけない。それは、四六時中、隣国と世知辛い国境争いをする必要のない、絶海の孤島だからこそ育めた、希少な謙譲の精神なのだから…。フランスでは、個人個人の、勝手気ままな人間性の在りようと、その日の気分によって、すべてが左右されてしまうのである。
その結果、生じる状況は、時間の無駄以外の何ものでもない。「レッスンだから…」とか、「皆さんと一緒だから…」などという、些細な常識のかけらさえもないのだ。

 だから、一般市民が普通に集まって、自分達の趣味や余暇活動のために、小回りの効く、オーガニゼーションが出来るなんていうのは、絵に描いた牡丹餅よりも、夢のまた夢。もしかしたら、そんなことが可能なのは、日本人の持つ、極めて特殊な技能の一つかもしれない。表立って揉め事を起こしたくない日本人は、何となく、全体を丸く治めて、ある程度、見栄えのするまとまりを作り上げていくのである。それこそ、「皆さんと一緒だから…」である。したがって、根本的には解決しなくても、表面的には何だか平和で(表面だけでも平和で、波風が立たないのは、それだけで素晴らしいことである)、街角のあちこちに人のいい幸せが垣間見られたりする。しかし、フランスという、この西欧の大国では、乾燥しきった肉食人種的な力関係で、すべてが成り立ち、絶え間無い小競り合いの中で、常に、何かを攻撃し続けなければ、夜も日も明けないのだから、東洋の農耕民族から見たら、本当に(無駄骨だけが折れる)式の社会である。実際、ダンス・スタジオやプールの、クラス別の使用時間を決めるときでさえ、先生達は、「闘う」という表現を使っている。これには、本当に呆れてしまったが、彼らにとっては、闘わずして手に入れられるものはないのだろう。だから、つまらないことにもアグレッシヴで、非常に無礼なのである。何しろ、彼らは「闘っている」のだから…。「やっぱり、肉の食べ過ぎなのだろうなあ!」と、思う。動物性たんぱく質と、動物性脂肪が中心の食生活を何世紀も続けながら、国境ラインを死守していると、こうなってくるのだろうか?とは言っても、フランスは、大国だと考えられている。(註2)中世に築かれた城の要塞のように、最初に築城してしまった時の、甚だしい丈夫さ(壊す方が、よっぽど大変)が幸いして、結局そのまま、ヨーロッパの頂点に君臨していられるのかな?という感じが、フランスの実像にちょうどいい表現ではないだろうか?

 特に、最近の日本から来たら、空港も、道路も、国鉄もバスも地下鉄も、そこらじゅうのオフィスもスーパーもカフェも、何だか薄汚くて、貧乏くさく見えてしょうがない。いつでも、パリ・ダカールを走り終えたかのように、埃まみれで駅に入ってくるTGV(フランスの新幹線)に乗るとき、日本の新幹線は、どれも工場から出てきたばかりかと錯覚する。東京駅などの終点に、長距離列車が到着すると、必ず、車内の清掃というものがあるが、フランスでは、終点に着いた電車に、そのまま乗り込むだけである。掃除をすることがあるのかどうかは、全く不明!しかも、最近のパリは、大気汚染と騒音で、日本でも有名なシャンソン風のパリのイメージとは、本当にかけ離れてきた。だから、こういう空気のところから出て来たら、東京の丸の内などは、お洒落なリゾート地のような感覚で歩けるし、静かで広くてきれいだから、ずっと気持ちも休まるのである。


写真左 ナントの街中の、ごく平凡な建物群。
写真右 歴史的モニュメントが、街のところどころに残っているが、そういうものを工事する場合でも日本のように、工事現場に囲いをしないから雑然と、機材の積み上げられた、埃っぽい工事が、いつ終わるとも知れない感じで、延々と続いていく。

 というわけで、こんな、簡単には信じられない、現金掛け値なしの、現在のフランスの映像に、(フラメンコを教える)という、たいしたこともないのに、何故か大事業だった経験の中で遭遇した、際限ないエピソードの数々を重ねながら、少しずつ書き進めてみようかと思っている。

(次回に続く)
檸檬色のデルフィン

(註1) 英仏海峡を挟んでイギリスと接するブルターニュ地方には、Biniou = ビニューという、イギリスのバグパイプみたいな楽器と、その、独特な音色の音楽があるが、これはケルト文化の遺産である。この地方には、5世紀にイギリスからケルト人が移住し、1532年、フランスに併合されるまでは、ブルターニュ公国として独立していた。先史時代に築かれた、メンヒル、ドルメンなどの巨石文化も、あちこちに遺っていて、ちょっと異色なフランスである。したがって、この地方だけの音楽文化を、フランスの文化とは言えない。

(註2) 面積的にも、日本は、フランスの2/3もあるのだから、決して小国ではない。ただ、日本の2/3が山林だから(これは、フランスの国土の4割強に相当する)に、平らなところが悉く使われて、都市部の人口密度が高くなってしまい、狭く見えているのである。が、オランダは、九州よりも小さいそうだから、日本は、多くのヨーロッパ諸国よりも、ずっと大きい筈である。しかも、その国土面積を遥かに凌ぐ、領海の面積を加えたら、日本は、実はフランスよりも大きいのだろう。しかし、隣接するロシアや中国は大国だし、もうちょっと遠い、アメリカ、オーストラリアなどは大陸だから、そんな周囲と比べたら、小さな島国に見えてしまっただけなのである。つまり、本当は、大きな島国なのだ。だから、(島国根性)などと言わず、せめて、(島国精神)とか言いたいものである。


檸檬色のデルフィン プロフィール

東京神田猿楽町に生まれる。
学習院大学大学院仏文科(修士)を経て渡仏。
大学在学中より、フラメンコ舞踊を始める。
渡仏後も、多くのスペイン人舞踊家に師事し、フラメンコ舞踊家の職業認定証をパリにて取得。
フランス人ギタリストの夫と西フランスのナント市にフラメンコ・スタジオを創る。
フランス人、在仏日本人、etc. を対象にフラメンコ舞踊の教授活動を展開しながら、日仏の言語や概念を形成する、大きな差異に直面する。
その二つの価値観やメンタリティーの挟間に生きる三次元的感性で、執筆を始める。

パリの情報サイト「モンパリ」でもエッセイ連載中

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